気になるギタリスト73回目。
今回取り上げますギタリストは、今も現役の伝説ロックバンド「The Rolling Stones」のギタリスト、「ブライアン・ジョーンズ」です。

The Rolling Stonesのギタリストと言えば、長年このバンドでギタリストを務め、伝説の立役者となってきた「キース・リチャーズ」と「ロン・ウッド」という二枚看板が思い浮かぶと思いますが、「ブライアン・ジョーンズ」はストーンズの初期を支えたギタリスト。
バンド結成当時のリーダーであり、The Rolling Stonesを作った男でもあります。
幼いころから音楽的才能を発揮した彼は、新しい楽器に触れるとすぐにその楽器を使いこなしたと言われています。
実際にギターだけではなく他の弦楽器や鍵盤楽器、管楽器に打楽器と様々な楽器を使いこなし、初期ストーンズの楽曲においてもマリンバやシタールなどロックにはあまり使われて来なかった楽器を導入し弾きこなす彼の姿が残されています。
音楽的な事を言えば、彼は基本的な部分で”R&B”志向でしたので、その彼がリーダーを務める初期ストーンズはブルース色の強いバンドでありました。

しかし、様々な楽器を取り入れていくブライアン・ジョーンズスタイルがサイケデリック期と呼ばれる時期のストーンズサウンドに大きな影響を与えて行ったのも事実です。
器用貧乏という言葉がありますように、ならばギタリストとしては微妙なのでは?と思われてしまいがちですが、「ミック・ジャガー」や「キース・リチャーズ」がブライアンのギター演奏を見てストーンズに加入していったという経緯を考えれば、その腕と音楽的才能は確かなものであったという証拠になるのではないかと感じます。
他のメンバーをも納得させる音楽的才能。
リーダーとしてストーンズの方向性を定め、けん引していくには十分な力量を持っていました。
しかし、そんな天才肌の彼でも不得意な事が一つ。
それは、曲を作る事。
現在まで数々のヒット曲を生み出してきたミック&キースコンビは、早くから曲作りに才能を発揮し始める事となります。
そして、それが徐々にリーダーであり、プライドが高い人間性であったと言われるブライアン・ジョーンズの焦りに繋がったのではないかとも言われております。
しかし、曲作りが苦手なブライアンも一枚だけソロアルバムを残しています。

71年発売の「Brian Jones Presents the Pipes Of Pan At Joujouka」は、彼がモロッコを旅行し現地に伝わる民族音楽を録音。
それにスタジオで手を加えて作られたアルバムです。
現在ではこうした制作手法も珍しくはありませんが、当時としては革新的。
作曲は苦手でも音楽的才能やプロデューサーとして、彼が一流であることを示した作品であると思います。
ドラッグに溺れ、やがてはストーンズを去っていくブライアン。
そして、最後には悲劇的な事故死(※)を迎えてしまう結果となってしまいました。
※ 他殺説もあり
今もなおつづく伝説「The Rolling Stones」を誕生させた男のあまりに無残な結末。
もし、彼が生きていたら。そのままThe Rolling Stonesとして上手くやっていけていたら。

今あるストーンズの姿は、また別のものになっていたのではないかと興味がそそられます。
が、現実に”もし”はあり得ません。
ブライアンジョーンズの死後、ミック・ジャガーが追悼の意を込めて、英国の詩人Shelley作のこんな詩をステージで朗読したそうです。
「彼は死んだのでも眠ったのでもない
人生という夢から醒めー
無益な争いを続ける我々を現実の世界に残した」
(一部抜粋)
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